憧れが日常に変わった瞬間
これから帰るのめんどくさい。
ふと授業中に思った。
約20年間生きていて、遊んでいて帰りたくないと思う感情はあったが、学校にいて帰るのめんどくさいと思ったことは初めてだった。学校に登校している最中から「早く帰りたい」を口にしてしまうほどなのに。
とはいえ、帰るのにも一苦労だ。電車に揺られて、約1時間。その他歩いている時間などを含めればそれ以上かかる。さらには何時に帰ってもどこかで満員電車か結構混んでいる電車につかまる。
年に数回のお祭り程度でしか大勢の人を見ることがなかった田舎者の私にとって満員電車は神経がすり減っている気分になって疲れてしまう。
改めて考えてみると、今まで面倒くさいと感じなかった方が奇跡だ。
なんて考えながら改札を抜けてホームに向かっていたら着いた瞬間に、「ちょうどいいでしょ僕。」と言わんばかりにドヤ顔の電車が来た。
だがしかし、そのドヤ顔電車に乗ろうとしている人は沢山いる。次の電車が空いている保障なんてないのに、これは諦めて次の電車にしようかなと考えていた。ふと電車の時刻を知らせる電光掲示板に目を向けると、次の電車の時刻は10分後の時間を表示している。10分待てる心の余裕がなかった私はドヤ顔電車に「もう1両くらい増やせば?」と悪態をつきながら、それに乗り込んだ。
「慣れ」というものは怖いものだ。
「電車移動」というものに憧れ、「通学定期」という存在にも憧れていた少女が、今や当たり前に通学定期を使い、当たり前に電車通学をしている。その上、電車で帰るのが「面倒くさい」と言うまでになってしまった。
もう「日常のモノ」から「憧れていたモノ」に戻ることはない。
最近の生活の中で電車の割合が多いからか、2回連続で電車の話題になってしまった。
今日はもう遅いから早く寝よう。おやすみなさい。